JA/760311 - シュリーラ・プラブパーダが語る甘露の滴 マヤプール

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JA/Japanese - シュリーラ・プラブパーダからの甘露の滴
"私たちはプラクティです。プラクリティとは、プルシャの支配下にあるという意味です。それが自然です。プルシャとプラクリティが同等の権利を持っているとは考えられません。それはヴェーダの概念ではありません。ヴェーダの概念では、プルシャは上位のもの、至高のものであり、プラクティは下位のものです。プルシャは優位であり、プラクリティは劣位です。そして私たち生きとし生けるものは、プラクティです。もし私たちが偽ってプルシャになろうとすれば、それはマーヤーです。私たちは従順で劣位のプラクリティのままであるべきです。それがこのクリシュナ意識運動です。なぜなら、一般的に人々は惑わされ、自分をプルシャ「私は享受者」だと思い込んでいるからです。しかし、それは事実ではありません。それは偽のエゴです。「私は享受者だ」というのは偽りのエゴです。本当のエゴとは、「私はクリシュナに仕える者」です。ですから、エゴティズムやエゴイズムを放棄する必要はありません。しかし、それは本当のエゴでなければなりません。"
760311 - 講義 SB 07.09.33 - マヤプール