JA/740531 講義 - シュリーラ・プラブパーダが語る甘露の滴{ジュネーブァ}
JA/Japanese - シュリーラ・プラブパーダからの甘露の滴 |
"ヴィヤーサデーヴァは、精神的な師であるナーラーダの教えのもと、バクティヨーガで瞑想し、神の至高の人格的な姿を見たのです。Apaśyat puruţaṁ pūrṇam. プルナムは完全という意味です。私たちもまた、生けるものであるプルシャです。プルシャとは享受者という意味です。私たちは楽しもうとしているのですが、完全ではなく、不完全です。ですから私たちは楽しみたいという欲望に満ち溢れていますが、不完全であるため楽しむことができません。ヴィダーパティが歌ったTātala saikate vāri-bindu-sama (Śrīla Vidyāpati Ṭhākura)という歌があります。Tātala saikate(タータラ・サイカテ)。熱砂の浜辺では、たくさんの水が必要です。しかし、もし誰かが「はい、水を供給します」と言ったら、「水をください」と言います。「いいえ、一滴だけです。」それでは私を満足させることはできないでしょう。このように、私たちは多くの欲望を抱いているのです。それは、いわゆる物質的な生活の向上では満たすことができません。それは不可能なことです。" |
740531 - 講義 SB 01.07.06 - ジュネーブァ |